海外「元日本軍の兵士は戦争の経験を語りたがらないらしい・・・」日独伊枢軸の兵士は終戦後どう思われていたのか?海外で議論に

シェアする

1海外の反応を翻訳しました : ID:

日独伊枢軸の元兵士って終戦後はどんな目で見られてたんだ?

2海外の反応を翻訳しました : ID:

もう亡くなってるでしょ

4海外の反応を翻訳しました : ID:

確かに当時の日本兵は狂っていたと思う
でも兵士だった祖父を否定することはない

5海外の反応を翻訳しました : ID:

>>4
イタリアも同じだよ
終戦後は普通の人になったわけだからね

6海外の反応を翻訳しました : ID:

日本の元兵士は戦争のことをあまり話さないらしい
イタリア人は元兵士を尊敬してそうだなぁ

7海外の反応を翻訳しました : ID:

>>6
ムッソリーニはイタリアでは尊敬されてるとか
あと歩兵も尊敬されてるらしいが、悪名高い幹部をイタリア人が好むとは思えない

8海外の反応を翻訳しました : ID:

>>7
「ムッソリーニはイタリアでは尊敬されてるとか」
それは一部の馬鹿だけだから信じなくていい

9海外の反応を翻訳しました : ID:

ムッソリーニは吊るされて当然だったと思ってる

10海外の反応を翻訳しました : ID:

フィンランドも枢軸国に入れてくれるかい?

11海外の反応を翻訳しました : ID:

>>10
いいよ、ハンガリーは駄目だけど

12海外の反応を翻訳しました : ID:

すぐに寝返りやがったイタリアは枢軸国扱い
それなのにずっと枢軸国に忠実だったハンガリーはいつも相手にされない
ちなみにウチの退役軍人は尊敬されてないというかもう忘れられてる

13海外の反応を翻訳しました : ID:

もう死んでるよ
でも自分の父が若い頃は凄く評価されてたって聞いた

14海外の反応を翻訳しました : ID:

フィンランドではめちゃくちゃ尊敬されてる

冬戦争は、第二次世界大戦の勃発から3ヶ月目にあたる1939年11月30日に、ソビエト連邦がフィンランドに侵攻した戦争である。フィンランドはこの侵略に抵抗し、多くの犠牲を出しながらも、独立を守った。(Wiki)

15海外の反応を翻訳しました : ID:

>>14
あなた達はソ連から国守るためにドイツと組んだだけで枢軸国ではないでしょ

16海外の反応を翻訳しました : ID:

酷い目で見られていたことを願うよ

17海外の反応を翻訳しました : ID:

インドではナチスがめちゃくちゃ人気だぞ
他の枢軸国には興味ないみたい
日本はインドを攻めようとしてたのにね

18海外の反応を翻訳しました : ID:

>>17
でも独立のために日本軍と協力してた人いなかったっけ?

19海外の反応を翻訳しました : ID:

>>18
ああ、スバス・チャンドラ・ボースね

スバス・チャンドラ・ボース(1897年1月23日 – 1945年8月18日)は、インドの独立運動家、インド国民会議派議長。(Wiki)

引用元:4chan

管理人オススメ記事(外部サイトへ移動します)

まとめし人気記事!!

シェアする

フォローする

14
コメントをお願いします

13 Comment threads
1 Thread replies
0 Followers
 
Most reacted comment
Hottest comment thread
0 Comment authors
  Subscribe  
newest oldest most voted
Notify of
Anonymous

人によるよ(苦笑
悲惨な戦場を経験した人や部下を死なせたような人は
責任を感じていたけども
そうでない一般人は普通に戦場の話をしてた
特に派遣先が一緒だったりと縁があった人同士だと
酒飲みながら当時の話をしてしまいには歌ったりと

Anonymous

戦後はGHQと所謂「アカ」の独壇場だったからな。
本当の事を言っても黙殺され、怪しげなデマは何の裏付けも無く新聞に載る時代だった。
戦前戦中の検閲がーとか今でも聞くが、そんなのより戦後の方がもっと酷い事になってた。戦前戦中は黒塗りや伏字だったので分かる人にはわかったが、戦後のは元文章が有った事さえ分からないように加工された。

爺さんたちの心情を思うと…

Anonymous

曽祖父が生きていた時に聞いた事がある
目の前で戦友の頭がぶっ飛んだ話を聞きたいか?
と言われ 怖くてもういいと断ったな

Anonymous

PTSDで話せないんだろ、察してあげて

Anonymous

偉そうに言ってるけどアンタラの国も日本のこと言えないからな
むしろ日本よりひどいだろ
勝てばなんでもやりたい、言いたい放題だからなw

名無し

大抵は勝ち戦で、国外に出向いての戦いだからこそ、兵士に対して尊敬云々という感じもしなくは無いな。
実際、勝敗のあやふやで実質的に敗北ともいえるベトナムに関しては、ランボーしかり、ベトナム帰還兵に対してはアレコレと話とか印象あるからな。
普通に他の戦争帰還兵も問題を起こしたり精神的疲弊とかもあるけれど、買った戦争なら自分らの正当性を主張できるが、敗戦や撤退となるとその主張を通せなかったことが理由で負い目や不当性に変化しちゃうのかも。
ベトナムの環境がアレだったから、帰還兵問題も近年の帰還兵の問題とはレベルも数も違ったりするのかもしれんけれど。
大戦期に関しては勝利だし報道もその辺つつくような気風ではなかったから、知らないだけで実際にあったのかもしれないけれど、報道もされないし知らないからこそなかったことになっていたりするのかもしれない。多くの人の意識の中では。

ななし

昭和天皇はその独白録の中で、大東亜戦争の遠因は国際連盟で日本が提出した人種平等案の否決など、欧米諸国のアジア人に対する人種差別が有ると書かれています。

大東亜戦争は西欧諸国からアジア植民地を解放する為の戦争でした。

東洋の大国であった支那にはその力も気概も無く、アヘン戦争以来自身が半植民地状態でした。

当時、西欧列強と戦い、アジア諸国を植民地から解放出来る可能性が有ったのは日本だけでした。

Anonymous

近所に、支那で負傷して片方が義眼のお爺さんがいた。また、引退した教師で、住職の爺さんは、半裸になると腹から背中に抜けた銃弾の傷跡があった。敗戦後フィリピンの捕虜収容所にいて、そのまま20年ほど現地で米軍の仕事をさせられたあと復員した親戚の爺さんもいた。帰国後は、声をかけてくれた大学時代の友人にも会わず、結婚もせず、独り畑を耕し本を読みながら後半生を過ごしたらしい。その他、従軍した親戚の話も聞いたことがあった。誰も戦争の事はほとんど話さなかったらしい。どんな思いがあったのか分からないけど、慰霊の集まりがあると、ひっそり出かけていたと聞いている。戦後はながく反戦前、反伝統、反日の左翼全盛時代だったからね。

親の戦争話は聞き飽きた

日本人だっていっぱい戦争体験を書き残してるよ。今から40年前ぐらいまでは従軍体験記が本屋に山のようにあふれていたよ。従軍体験記を専門に出版している会社があったぐらいだ。今はもう戦争体験者が死に絶えてほとんど聞こうと思っても聞けない状況になってるだけ。
アメリカ軍の元兵士が戦争犯罪行為や虐殺行為をほとんど語りたがらないように、日本軍元兵士も戦争犯罪行為や虐殺行為を語らないのは同じだけどね。

Anonymous

人肉を食べて生き延びた人もいたらしい。
あまりに悲惨過ぎる戦場を経験したから、多くの人は親しい身内にも話せなかった。戦闘要員では無くても、戦後の混乱期に引き揚げ船で逃げて、船が日本に着くまで日本人は3人しか生き残れなかったという実話もある。
結局は国や家族の為に他国の人を殺したのだから、自由で平和な世の中になっても罪悪感や自責の念は死ぬまであったと思う。
だから今の日本は相手の文化や宗教を出来る限り尊重するんじゃないかな。戦争に勝ったから正しい、負けたから間違ってるではなくて、その行為事態が人を苦しめると身を以て知っていたから。苦しい思いをした人は他人に優しくなるからね。
戦後の日本人の頑張りは、ある意味死ぬ気になれば何でも出来るの精神だったんじゃなかろうか。

Anonymous

軍事行動は極秘であって、家族にも漏らしてはいけない。
当然ほかの部隊・戦況も知らず、話すこともない。兵士たちは命令のまま行動し
ただ戦って命を落とした。うちのじいさんも骨も帰ってこない。

 

戦争でなんかあったから。っつーより、負けた敗兵だからね。
アメリカでもベトナム戦争の帰還兵が語らないのといっしょやね。
直接は語らないけどドキュメンタリーとか手記はいっぱいあるね。

Anonymous

亡くなった祖父は、アメリカ兵に撃たれた痕を見せて何時も笑っていた。
だけど、戦場で何があったかは決して話してくれなかった。

家族の写真はアルバムに丁寧に収められていたが、
戦場で撮った写真は無造作に放置され色褪せ朽ちていた。

Anonymous

うちの祖父は色々話してくれたけど実戦経験ないから平和なもんだった
海軍の軍医で駆逐艦に乗って戦後に世界旅行したってさ
羨ましい話だ